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三笠フーズの事故米(汚染米)の転売事件について

三笠フーズの事故米を食用販売した事件で残念なのは、せっかく世界的な小麦価格の高騰でお米が注目され、学校の米飯給食が増えたり米粉パンが増えたり、日本農業に追い風が吹いてきたと思いきや、今度はそのお米を使ってお米の信頼を失墜させてしまったと言う事です。三笠フーズの社長は経営者としての倫理観を論じるレベルではなく、人としての良心をなくした悪魔のような人であり、隠しとおせないと分かった時点で初めて「申し訳なかった」とお詫びする。その前になぜそのような犯罪に手を染めるのか?

それは神様はいないものとする「無神論者」だからでしょう。神様が居ると思う人はそうそう悪い事は出来ません。天罰がきますから。しかし、科学的に存在を証明できない「神様」を信じない人が「大人」とされています。大人は子供には神様を教え(今や少数派か?)あとは学校にいけば自然と居ない事になるだろうと人任せ。良く考えたら「神様はいません」と教える先生が居たわけでもないのに自然に「無神思想」を植えつけられるのも不思議ですね。

 しかし、今日は何ですかね。「宗教の時間」になってしまいましたが、私は神様はいると信じています。理由は「居るモンはいる」です。神様の存在を信じない人は「どこに居るんだ?」ということになり、いわゆる「見えない物は信じない」ということでしょう。

ところでなぜ内部告発は行われるのでしょう?「悪い事をするのは苦しい…善を行って楽になりたい」という本能に動かされるのはないかと思います。頭の中では神様の存在を信じていなくても、心の中には神様が存在しているからだと思います。だから神様はいるんだという教育はこのようになってしまった日本の社会には必要なことだと思います。

 三笠フーズの事件でこんな記事になるとは自分でも思いませんでしたが、今読んでいる本が「葉室賴昭著(春日大社宮司) 神道と日本人 春秋社」だからでしょうか?みこの本はオススメです。日本人としての誇りや失われたものを取り戻してくれます。思わず襟を正し、背筋をピンと伸ばして読んでしまいます。他のタイトルでも「神道 見えないものの力」「御力」などたくさん著作があります。

 とにかく人間は神様の存在を認めることは大切なのではないかと思っています。誰にその存在を聞くのかと言うと、これはやはり自分の心と相談をして判断をしていただいたほうがよろしいかと思います。(^^)

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